母の強さ

あれは、小学二年生の頃。10階建て のボロビルに住んでいた頃の話。

学校が終わり、いつもなら、友達と遊んで、夕暮れ時に家に帰るのだが、今日は誰も遊んでくれない。
しょーがねーかと、家に帰る。

母は、専業主婦だったから、常に家に居たのだけれど、その日は、たまたまいなかった。
幼きヒョロヒョロの私は、母の帰りを待つべくビルの入り口で待ち続けることにした。ビルの隣には、鯛焼き屋さんがあり、その鯛焼きを焼く匂いを嗅ぎながら、母の帰りを待つことにした。
1時間経っても母は戻ってこない。
2時間経っても帰ってこない。
私はやることがなくなり、下水の小さな穴に足で石ころを入れる遊びを思いついた。
夢中になって、石ころを下水に入れた。下ばかり向いていた。
通りすがりのおばぁさんが、僕に話しかけてくる。
1人かい?
シャイな僕はただ、節目がちに頷くだけだった。
おばぁさんは、何か言いたそうな顔をして、遠くに消えていった。
 
まだ、母は帰ってこない。
引き続き、石ころ遊びをしながら待つ。
母は帰ってこない。
下を向いていた、その時、後ろから誰かに肩を掴まれた。
母か?
いや、知らないおじさんだ。
「1人?」
僕は固まった。
「おじさんと、どっか行こう。」
 
ものすごい強い力で私を押さえつける。おじさんに連れていかれそうになる。
声が出ない。このまま、おじさんにさらわれてしまうのか?
怖い。怖い。
 
その時、だ。
 
「あんたーーーーーーーーー!、なにやってんのよーーーーーーーー!
 うちの子にーーーーーーーー!」
母が、絶妙なタイミングで向かいの入り口から血相を変えて、飛んできた。
いつもは、優しい母がその時ばかりは鬼の形相だった。
 
母は、私を抱きしめ、おじさんから強い力で、引き離す。
 
おじさんは、かなりビビった表情で、そそくさと退散して行った。
 
母は、私をもう一度、強く抱きしめた。ただ、何も言わず、私を強く抱きしめた。
 
警察に通報した。聞けば、おじさんは、この界隈で子供に声を掛けて連れ去ろうとするおじさんらしい。
 
しかし、あの時、誰も助けてくれなかったとしたら、どうなっていたのだろう?
母の本能が、私を見つけてくれたのだろうか?
今もたまにあの時のことを思い出すが、母の温もりだけは、未だに残っている。
 
母に感謝。